第１２０回全国高等学校野球選手権大会、決勝――
普通出高校 対 帝王高校 は、３ 対 ２１ の圧倒的大差で幕を閉じた。
悔しさの熱はとうに喉元を過ぎ、ようやく終わったという安堵の色すら見せるチームメイトが
最後の一礼に、そぞろマウンドへ駆け寄っていく。
しかし俺は、ベンチでただひとり、ぼうぜんと佇んでいた。
チームメイトのキル夫が、見かねて声を掛けてきた。
しかし俺は、ベンチから一歩も動くつもりはなかった。
その必要が、なかった。
なぜなら――
――なぜなら。
次の決勝試合が、始まるからだ――
未だ記憶に新しいコロナ禍最初の緊急事態宣言時に開催された世界の終わりの短編祭。
今回はその短編祭から一作を紹介させてもらいます。
世界の終わりとかそんなどうにもならないことなんて存在しないのだと証明するために、
高校野球界に君臨する絶対覇者に立ち向かった一人の男の物語です。
短編一話の中に心震わせられる展開が詰まっています。
全中の覇者で超高校級エース投手やらない夫は甲子園大会決勝で、
七年連続の夏制覇を目前とした帝王高校に３対２１の圧倒的な大差で敗北する。
しかし敗北した瞬間には決勝戦の試合開始前に巻き戻っていて、それでもまだ負け続ける。
そんなやらない夫には絶対に勝って証明しなければならないとある信念があった。
それは難病に侵されて大人になるまでに死ぬと宣告されている同級生紲星あかりに、
人生に決まりきった結末などないのだと証明すること。
観客の誰もが帝王高校が勝利すると確信し予定調和じみたこの甲子園決勝の舞台で、
自分とあかりの二人の人生を賭けた信念を証明する死闘の繰り返しが幕を開けます。
本作の魅力はヒロインあかりの儚さと甲子園の滾る熱さが短編一話で両立している点で、
難病ものには弱く数多く読んでいるのですが本作のあかりちゃんにもやられました。
あかりちゃんの本音が漏れた中盤のワンシーンにこみ上げてくる情動が止まりません。
そして異次元の実力だと配役からも分かる決勝戦は絶望的に描かれていきますが、
あかりちゃんと対比し加速するようにどんどんと熱が高まっていく甲子園の試合描写。
その描写をその順番でそこに持ってくるのか。作者の考え抜かれた構成には脱帽です。
そんな甲子園と病室という対照的な場所で繰り広げられる２人の戦いに、
気付けば熱中している素晴らしい短編作品なので是非一読してみて下さい。
本作を気に入られた方は是非下記の短編祭結果発表の頁にある他作品もお勧めです。
緊急事態宣言時に感じた世界の終わり感の雰囲気がバリバリ出ています。
コメント
読みました。
いやぁ、すごい。短編ならではの密度って感じ。
敗北のためにループし続けるというベタな題材に対して
ループ突破のためにこういう結末を選んだのが実にいい。
コメントありがとうございます！
自分も読んだ際に同じように衝撃を受けた作品だったので
こうして紹介した結果同じ感想を持って頂けて嬉しいです😍😍