「できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ」
家族を失い真っ白い悲しみのなかにいた青山霜介は、バイト先の展示会場で面白い老人と出会う。その人こそ水墨画の巨匠・篠田湖山だった。なぜか湖山に気に入られ、霜介は一方的に内弟子にされてしまう。それに反発する湖山の孫娘・千瑛は、一年後「湖山賞」で霜介と勝負すると宣言。まったくの素人の霜介は、困惑しながらも水墨の道へ踏み出すことになる。第59回メフィスト賞受賞作。
以前から評判が高いことは知っていて購入したものの読めていなく、
今回12/12に続巻の文庫版が発売され良い機会だと思い読んだ経緯でしたがとても面白い。
水墨画をテーマにした作品ですが芸術を見て琴線に触れた経験はこれまで特に無かった中で、
自身が水墨画家な作者が描いた小説のキャラクター視点だからこそ
自分では気づけなかった水墨画の特徴がその本質に至るまで魅力たっぷりに感じ取れて、
自らの世界を広げることの出来る貴重な経験が得られました。
この小説は書き出しから好きなのですが、
主人公の背景すら何も分からない中で展開されていくアルバイトの中で
主人公が大学生らしく思わず吐露した自分の将来に悩む一言に対して、
登場人物が返答した何かになるのではなく変わっていくのだというこの印象的なフレーズ。
確かに夢見た何かになってなくても何時の間にか何かになっているよねと頷くところが多く、
劇的で熱い冒頭でなくてもこのさり気ない一言に深い人間性を感じとれて一気に入り込んだ。
「法律? すごいね。君は凄く頭良さそうだから、弁護士さんとかなるの?」
砥上裕將. 線は、僕を描く (講談社文庫) (p.12). 講談社. Kindle 版.
「いいえ。ならないと思います。何かになれたらいいけど、何もなれないかも」
「何かになるんじゃなくて、何かに変わっていくのかもね」
そして水墨画の巨匠に気に入られて水墨画の世界に入っていった主人公ですが、
初心者な主人公が描いた線はただ単なる曲がった線となっていて
巨匠が描いたお手本の線のように一目みて葉だと分かるようになっていない。
しかし同じ線を描いているのに初心者と巨匠では一体何が違うのか?
その極意を0から理解し飛躍的な成長を遂げる主人公を見ていたら自然に水墨画を学んでいた。
作中登場の見慣れない道具や題材も作者自身による水墨画動画によってイメージが掴める。
その水墨画とは他の絵画とは違い描き直すことは出来ず一つのミスも許されず、
その一筆書きの中で筆の速度を遅くすることで墨だまりを作る等の技巧を凝らし
白と黒の世界にグラデーションを構築する勇気がなければ一線すら引くことが出来ない。
そんな一見無造作に引かれているようで奥深いことが小説の中で理解できた線を見れば
その人の気質や内面までもを推察できるという水墨画の世界に説得力が湧いてくる。
最終的に主人公は巨匠から「花に教えを請う」卒業課題が与えられ、
主人公が辿り着いた「墨で絵を描くことが水墨画ではない」というその境地の内容も
これまで作中で説明され尽くしてきた水墨画の魅力の延長線上にあってとてもしっくりきた。
主人公が描く絵を実際に見てもその素晴らしさは感じ取れないだろうなと思いつつ、
いつか感じ取れたらと良いなと思える高みを感じる作品表現でした。
そして最後には成長した主人公が美しいものが創ろうとはしなかったからこそ
逆説的に美しいものが作れたということが納得できる水墨画の世界をお楽しみください。
「どうしてこんなに美しいものが創れるの?」
砥上裕將. 線は、僕を描く (講談社文庫) (pp.205-206). 講談社. Kindle 版.
「美しいものを創ろうとは思っていなかったから」
作品紹介ツイート
芸術を見て琴線に触れた経験が特に無い中で、
— 夜市よい (@yoichi_041) December 19, 2025
水墨画をテーマにした作品を読みましたが面白かった。
自分では気づけなかった水墨画の特徴が
本質に至るまで魅力たっぷりに感じ取れて、
世界を広げられる貴重な経験で感想記事を書きました。
『線は、僕を描く(講談社文庫)』https://t.co/UCTgG1XBme

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